【連載】毎月22日は # ふうふの日|ショートストーリー
会話のないリビングで、黙々とネイルをする妻のナツミ。
紺地に白で描かれた繊細な模様は、いつかの花火のようだった。
―毎年行く約束だったけど、去年は行かなかったもんな。
僕は心の中で呟いた。
数日後、花火大会のチラシを持ち帰った。
「今年で二人とも三十歳だし、記念に」
それを見たナツミは僕に、なんか思ってるなら言って、と。
「今でも花火、好きなんでしょ?」
そう伝えると、ナツミは少し目を伏せて、どこか噛みしめるように頷いた。
二年前の冬、ナツミの耳が聞こえなくなってから、
コミュニケーションが取りづらくなり、少し距離を感じていた。
だからこそ、何でもいいから前に進むきっかけが欲しかった。
七月二十四日、花火大会当日。
二人の下駄が高鳴る中、僕が暑さを隠せずにいると、
「私は浴衣着る前に、ビオレのシート使ったし、さらさら」
と、ナツミは自慢げに首元を撫でてみせた。
その時、夜空に大きな牡丹星が咲いた。
最後の花火が打ち上がると、人混みからそっと離れるように歩いた。
そして河川敷の隅に腰掛け、袂から線香花火を取り出した。
「去年の花火、今から」
僕の拙い手話にナツミは相好を崩した。
白い牡丹が描かれた指先で、そっと目頭を拭いながら。
花王 作成センター