【連載】毎月22日は # ふうふの日|ショートストーリー
薄暗い洗面所の明かりを点ける。
しょんぼりとした顔の男が、鏡に映っていた。
二日前、妻と喧嘩をした。…一方的に。
連日の猛暑で、水泳の授業は中止。
夏休みにも関わらずゲーム三昧な息子を見かねた妻が
「甘いものでも食べにいこっか」と誘ったのが始まりだった。
目の前に並ぶ色鮮やかなクリームソーダ。
「冷たい!」頬を押さえて笑う息子に頷きながら、俺も一口。
夏らしくキンと冷えた味に思わず顔をしかめると、
「そういえばこの前、歯ぐきが気になるって言ってなかったっけ?大丈夫?」と妻。
昔から何かと気が利く妻。
でもこの時ばかりは、踊っていた心がピタリと止まり、ムッとした。
「冷たかっただけ。関係ないよ」
想像以上に棘のある声が出て、アッと思ったのも時すでに遅し。
一瞬悲しい顔を浮かべた妻は、息子に向き直ってしまった。
そのあとの味は、よく覚えていない。
そんな空気のまま、今朝。
ため息を吐き洗面鏡を開けると、炭酸ハミガキと書かれた商品が置かれていた。
赤い「歯周病予防」の文字に、妻の優しさだと一目でわかった。
―起きてきたら謝ろう。それから…
クリームソーダのように弾ける泡を口の中で感じながら、溢れる妻への言葉を探し続けた。
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