
「いい顔の、素顔。」は、様々な分野で活躍するゲストをお呼びし、毎日をいい顔で過ごすための工夫や考え方についてお伺いする特集です。フリーアナウンサーとして活動しながら、株式会社AGRIKOの戦略事業部に勤める細田阿也がナビゲーターを務め、ゲストの知られざる素の一面を引き出していきます。
今回は、元バレーボール女子選手で、一般社団法人スポーツを止めるなの理事を務めている大山加奈さんをゲストにお招きしました。とにかく「勝つ」ことを求められた現役時代を経て、引退後は妊娠・出産を経験。現在は、女性アスリートが抱える「生理×スポーツ」の課題解決に向けた「1252プロジェクト」を推進しています。ご自身の経験を踏まえて女性のからだの変化とどう付き合っていけばいいのか、語っていただきました。
また、「ロリエ」のブランド担当を務める田村優樹も対談に参加しました。ナプキンの備品化プロジェクトである「学校のロリエ」を進めていく中で、女子学生アスリートが自分らしくいるためにどのような環境が望ましいのか、一緒に考えていきます。
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INDEX

大山 加奈(おおやま かな)
小学校2年生からバレーボールを始め、小中高全ての年代で全国制覇を経験。日本代表には高校在学中の2001年に初選出され、世界三大大会すべての試合に出場。力強いスパイクを武器に「パワフルカナ」の愛称で親しまれ、日本を代表するプレーヤーとして活躍。2010年6月に現役を引退し、2021年に不妊治療を経て双子の女の子を出産。現在は全国でバレーボールを通してより多くの子どもたちに笑顔を届けたいと活動中。
細田
まずは、バレーボールと出会ったきっかけを教えてください。
大山
小学校に入る段階で140cm近く身長があったので、入学直後に学校で噂になりまして。6年生の先輩にバレーボールやろうよって誘われて、練習に連れていかれたのがきっかけです。でもその頃はひどい喘息があって、激しい運動はお医者さんに止められていました。練習をすると息が苦しくなったり、夜中に発作を起こして病院に運ばれたりと、休んでばかりでした。
細田
それでも続けられたんですね。
大山
練習していくうちに仲間ができ、ボールがうまくつながるようになり、ネットの上からスパイクが決まるようになって、できなかったことができるようになるのはこんなにうれしいんだと感じて、それが頑張る力になりました。あと、年子の妹がいるのですが、彼女は何でも器用にできるタイプでどんどんうまくなっていったので、姉として負けられないと思ったのもあるかもしれません。妹がいなかったら、やめていたでしょうね。
細田
小学校、中学校で全国制覇を経験して、そのまま中高一貫の成徳学園高校(現・下北沢成徳高校)の高等部へ進学されました。高校在学中に日本代表デビューした時はどんな感じでしたか?
大山
高校と代表を行ったり来たりして、二足のわらじの生活がとにかく大変で。高校卒業後に代表だけの活動になると、1日で4部練習をしていました。朝、午前、午後、夜ですね。これは相当きつかったです。からだをケアする時間がまったく取れなくて、常に疲労が溜まっている状態で練習を続けていました。

高校時代の大山さん。
細田
引退は26歳の時だそうですが、どんな思いから決断されたのですか?
大山
20歳のときに大規模な国際大会へ出場し、そこから引退するまでの数年はあまり活躍していないんです。腰のケガ、手術、心の病などがあって、自分としては早い段階でバレーボールを続けるのは難しいと思っていましたが、いろいろな方を裏切ってしまうという気持ちもあって、葛藤を抱えつつ過ごしていました。親が生きがいを失ってしまうかなと思っていたのですが、ある時「バレーは無理かも」とぽろっとこぼしたら、「加奈はいつでも自慢の娘だから胸を張って帰っておいで」と言われて、その時に決断できました。

ナビゲーター 細田阿也
東京都出身のフリーアナウンサー。中学の頃より始めた芸能活動を経て、裏方・仲介役に惹かれ、サッカーなどピッチリポーター、スポーツMC、ラジオパーソナリティ、ナレーターとして活動。パラレルキャリアとして、女優・小林涼子さんが代表を務め、桜新町、白金、代々木、高輪に今春開園する農福連携FARMを運営する株式会社AGRIKOの戦略事業部として、地域のママさんが輝けるように繋ぐなど、リクルート役を務める。自身も大学生と小学生の兄弟の育児と仕事を両立しながら、日々奮闘中。
細田
引退後はどのようなチャレンジをされてきたのでしょうか。
大山
バレーボールに恩返しをしたいと思って、東レに席を置きつつVリーグ機構(日本バレーボールリーグ機構)に出向して、バレーボールの普及活動をしていました。横のつながりもできて、女子サッカーのWEリーグやソフトボールのニトリJDリーグ、車いすラグビー連盟など、いろいろな競技団体の理事を担当させていただきました。
講演会でお話する機会も増えましたが、自分の健康をないがしろにして世界を目指してきたことに対して後悔する気持ちもあって……。いちばん大事なのは、こころとからだの健康だよと伝えていきたく、それが今の「1252プロジェクト」につながっています。
細田
それはどのような取り組みなのでしょうか?
大山
女子学生アスリートに向けて、自分のからだと向き合うこと、特に生理について正しい知識を身に付け、競技を楽しみながらよりパフォーマンスを上げることを目指すプロジェクトです。「1252」は、1年間が52週、その中の12週が生理の期間であることを表しています。
細田
しんどい期間が12週もあるということですね。ご自身は生理について悩みがありましたか?
大山
生理自体は毎月きちんとありましたが、生理からくる気分の浮き沈みもある、という認識がありませんでした。こんなにイライラしたり落ち込んだりするのは私のメンタルが弱いからだと思い込んでいて、知識があったら自分を責めずに済んだのにと今になって思います。生理についてはコーチに相談することもなかったし、チームメイトともそういった話はしませんでした。チームメイトにひどい生理痛の人がいて、吐いてしまったり熱を出したり試合どころではない感じで。お互いに体調を把握していたら、彼女へのアプローチももっと違っていたでしょうね。

細田
「1252プロジェクト」の一環で、母校でも生理×スポーツの授業をされたとか。
大山
はい、もう後輩たちには感心してばかりで。すでにチームメイト同士で体調のことを共有し合っていたんです。それは、自分の調子が悪い時に仲間に助けを求めやすい、逆に調子が悪そうな仲間に手を差し伸べやすいからと言っていて、なんてすごい子たちなんだと。躊躇なく体調や生理のことを共有し合っている姿に感動しました。
細田
自主的にやっているのがすごいですね。
大山
実は生理には個人差がかなりあるというのがあまり知られていません。自分が軽かったりすると、他の方の生理痛の重さに理解が及ばなかったりするので、体調を共有することで正しい知識を得て、個人差があることを知るのはとても大事なことなんです。
それと、生理自体は病気ではないですが、生理痛にまつわることは治療の対象になることもあると伝えるようにしています。婦人科受診はハードルが高いかもしれませんが、痛みはからだからのSOSだととらえてほしいです。