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このたび、「わたしとキュキュット」をテーマに、
My Kao会員のみなさまからたくさんの思い出や心あたたまるお話をお寄せいただきました。
お皿の輝きに映る、暮らしの中の、小さな瞬間――
それぞれの暮らしのなかに息づく、素敵なエピソードをご紹介します。
※My Kao会員のみなさまのエピソードは、会員向けメールマガジンやMy Kaoメニュー「キャンペーン・イベント」にて、テーマに沿って定期的に募集しています。たくさんのご応募をお待ちしています。
はむさん 40代 東京都

うちは双子、とにかく毎日凄まじい。
哺乳瓶や食器の数も2倍。自分がもうひとり居たらなんてありえない思考も、2人の泣き声にかき消されて、また現実に戻る。
「あぁ…やっちゃったねぇ…」
忙しい育児の中で、さらに家事が増えていく。
離乳食も進み、よく食べるようになった。まだ言葉をしゃべらない子どもたちは、笑顔やリアクションで美味しいを返してくれる。
「食べ終わったかなー?ごちそうさまでした!」
「でしたー!」
んん!?しゃべった!?!?
子どもたちはお互いの顔を見合わせて、にこにこ、きゃっきゃっ、笑っている。
こうやって言葉を覚えていくんだろうな。大変なことも多いけど、楽しいことも、笑顔も2倍。
すすぎの途中、わざわざ指でキュキュッと鳴らして確かめる。
うん、きれいに洗えてる。
日々の成長を感じながら、オレンジの香りに包まれて、今日もすっきり洗いきった。
「でしたー!」――思わず二度見してしまうような、言葉が生まれた瞬間の描写に、こちらまで胸がきゅんとしました。双子ちゃんの育児は喜びも大変さも2倍とのことですが、その分、笑い合う顔もきっと2倍。すすぎ時に、音で確かめる「きれいに洗えてる」の一言に、日々を丁寧に積み重ねている様子が伝わってきました。
ななつの海さん 10代 長崎県

この春から大学生になり、マンションでの念願の一人暮らしが始まった。期待に胸を膨らませていたものの、いざ生活してみると毎日の自炊は想像以上に手ごわい。ある日の夜、慣れない手つきで大好きなハンバーグを焼き、食べ終えてシンクに向かった。ギトギトした油のついたフライパンを見て、少しだけ実家が恋しくなる。
これまでは座っているだけで出てきた温かいご飯も、母がいつも片付けてくれていたお皿も、これからは全部自分でやらなきゃいけないんだ。
少し寂しさを感じながらスポンジに洗剤を含ませて揉むと、爽やかな香りと真っ白な泡が広がった。
お気に入りの皿を一つずつ丁寧に洗っていく。キュキュッと音が鳴るたびに、頑固な油汚れだけでなく、一日の緊張や不安まで一緒に洗い流されていくような気がした。
ピカピカの食器を並べ終えると、小さな達成感が胸に宿る。この泡と一緒に、私は少しずつ大人の階段を上っていく。
一人暮らしを始めたばかりの心細さと、少しずつ芽生えていく自立心が、丁寧な筆致で伝わってきました。実家では気づかなかった家事のありがたさに触れながら、フライパンの油汚れと一緒に一日の緊張もほどけていく――そんな変化がとても素敵です。これからの新生活、応援しています。
えるかさん 50代 東京都

一日の終わりのシンクには、ふと気づくと我が家の30数年の歩みが並んでいる。披露宴の引き出物として、夫と2人で選びに選んだ深緑のツワブキのお皿。数年前から闘病中の義理母がまだ陶器市めぐりにはまっていた頃、伊万里で買い求めてきてくれたお茶碗。長男が小学校の修学旅行中射的でゲットしたというマグカップに、次男の皆勤賞を親子で表彰された記念のグラス。どれ一つとっても、他には代えられない家族の宝物。静かになったキッチンで、ひとつひとつをたっぷりの泡で包んでいく。手のひらから、器たちに刻まれた思い出がじんわりと伝わってくるよう。それぞれの記憶、あの日あの時の家族の笑顔が懐かしくよみがえる。昼間はちょっぴりモヤモヤすることがあったけれど、泡と一緒に洗い流してしまおう。器たちは、あの日と変わらない輝きをとりもどす。そして私はこうして一日を無事終えられたことに、感謝の気持ちをとりもどしていく。
深緑のツワブキのお皿、伊万里のお茶碗、修学旅行の思い出のマグカップ――ひとつひとつの器に刻まれたご家族の30数年が、静かなキッチンでよみがえる情景に、思わず息をのみました。器が輝きを取り戻すのと同じように、ご自身の気持ちも整えていかれる結びに、日々の家事が持つ意味の深さを教えていただいた気がします。
ぴいまさん 40代 福岡県

夕飯のあと、娘が「今日ね!」と幼稚園であった出来事を話してくれる時間が好きです。食べ終わった食器をシンクに運び、水を流しながら「それでどうなったの?」と続きを聞くのが、わが家の日課。工作が大好きな娘は、その日に作った作品のことも、身振り手振りを交えて楽しそうに話してくれます。
お皿についた汚れが泡と一緒にするりと落ちていくと、不思議と一日の疲れまで流れていくような気がします。娘の弾む声を聞きながら食器を洗っていると、「今日も無事に終わったな」とほっとひと息。
私にとって食器を洗う時間は、家事ではなく、家族の一日をゆっくり味わい直す時間。明日もまた、「今日ね!」から始まる話を聞けるように、おいしいご飯を作ろう。そんな気持ちで最後のお皿をすすいでいます。
「今日ね!」から始まる娘さんとの会話、身振り手振りを交えたお話が目に浮かぶようです。お皿の汚れが落ちていく感覚と、一日の疲れがほどけていく感覚が重なるという捉え方が印象的で、食器洗いの時間を「家族の一日を味わい直す時間」にされている姿勢に、じんとしました。明日の「今日ね!」も、楽しみですね。